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「眼鏡を愛でる館」に改名検討中。
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同盟のほうにも書きましたが。

暑すぎるっちゅーの!!!

すいません、昨日はずっとエアコンつけてました。
がんばって過ごしてたんですが、本気で具合悪くなりそうだった・・・(爆)
ちゃんと28度設定だから、許してでんこちゃん!(笑)


同世代のお友達がみなさん終戦の日に際して書かれてますので、私もちょびっと。(影響されやすいなあ、おい。)

私の父は昭和10年生まれ。
戦争の時は小学生だったそうです。
父もご他聞にもれず疎開したそうです。
(疎開ってわかるかな。空襲とかを避けて田舎に避難することね)
学校単位での疎開(当然のことながら親御さんたちとは離れ離れ)。
青森県は木造市ってとこだったそうです。(実家には当時荷物を入れたらしい、名前の入っている木の箱がとってあります)

当然のことながら食糧難。
当時空腹を紛らわすために食べ物の絵を描いたりしたそうです。
母はそんな父の話を笑って話してましたが。
切ない話ですよね、実際。
そんな時代が2度と来ないことを祈ります。
少なくとも自分の子どもには、そんな思いはさせたくないです。

そして母は当時3歳(昭和17年生まれ)。
かろうじて記憶がある程度らしいですが、家族で福島に疎開。
かなりのお金持ちだったらしくどうやって、調達したかはしりませんが食べるには困らなかったそうですが、浜松町あたりにあった自宅や倉庫(酒屋だったので)等々は空襲で全て消失。
母より10歳年上の叔母さんは工場に仕事に行ったりしてたそうです。
母方の親戚は、そんな苦労話も全部笑い話にしてしまうような人たちなので、あまり戦争体験としては役にたちませんが、空襲なんて理不尽な理由で全てを根こそぎ奪われる。
そういう事実があってのだということも知っておくべきだとは思います。

ちなみに。
私の祖父は父方・母方ともに戦争に行ってません。
父方の祖父は病弱で検査で落とされたそうなんですが、母方の祖父は謎。
どうも軍にお金を渡して行かなくても済むようにしたって噂なんですが・・・。
姑息っ!(笑)
でも、姑息でも何でも生きていてくれたのでOKです。
死んでしまっては何もならないんですもん。

そしてもっともっと死ぬほどご苦労された方は一杯いるはず。
ですので、聞く機会に恵まれたならとりあえず聞いておくといいのではないかな~。
若い方だと、お爺ちゃん・お婆ちゃんでもすでに戦後生まれっていう人もいると思うので、ますますそういう機会が減ると思うしね。
たとえ全てを理解できなくても、記憶にとどめることがまず大事だと。
で、そのうち何かを考えるきっかけになるかもしれませんので。
無知は罪だと思います。
もちろん私だって一般に知られてる程度の知識しかないですけどね。

単純な話、もし今戦争が起きたら身近な人(旦那だったり父親だったり兄弟だったり恋人だったり友達だったり)が戦争に借り出されるかもしれないわけで。
自分の大好きな俳優さんやら野球選手やら歌手の人やらそういう人たちだって例外じゃないわけで。
彼らが戦争に行って死んでしまうかもしれないって考えただけでも、とても哀しいし嫌な事。

いろいろ考えさせられる季節ですね。
ま、普段何も考えていないのでいい機会かな。


>拍手ありがとうございます!



ああそういえば、戦争すると温暖化が一気に進むって話ですよ。
最大の環境汚染は戦争なのです。
エネルギー・資源の無駄遣い。
ヤダヤダ。


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